凍った世界

 ■隠れながら生きるのやめました■ブラック企業就職8年/モラハラ環境17年脱出/鬱/心理カウンセラー/メンタルトレーナー/認知行動療法士/画家■絵を見ながら心の旅を/心の治癒を目的としたブログです■モテ人研究会の会長

鬱病の人の生きている意味を考えた

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生きるということについて書いていこうと思う

人間にとって全人類にとって一人一人にとって

生きるということは壮大な一生をかけたテーマのように思えていましたが

鬱という死を意識する病気を経験したから

はっきりと見えてきたことがあります。

それは

 

生きることに意味なんてなくない?

 

ってことです。

実際に大した意味はありません。

現実的に考えて

誰もが生まれてきて歳をとって

最後には死ぬんですもんね。

 

生きていて死ぬのに理由なんかあって

ないようなもんで

キラキラな意味をこじつけたり

素晴らしいことを言って人を惹きつけたり

何かを成し遂げなければいけないような気がしたり

生きることに時間や制限を設けることで

正義や

責任や

罪や

名誉を見出したりしますが

死について悩んでいる時間もどうせ

死に近づいてるんだよね。

 

だから何?ですよ

 

あれと一緒

取り越し苦労。

悪いことばかり

起こっていないことに

ああなったらどうしよう?

こうなったりしたらどうしよう?

だから

あれをした方がいいのか

これはすべきじゃないのか

・・・

 

知らないっていうの。

 

とにかく

何をしたって

しなくたって

現実は

誰だって死に向かっているの。

 

だったらさ

なんか

どうでもよくない??

死について考えることだって

どうでもよくない?

死がダメなことだなんて誰が決めたの?

誰が何時何分何秒にそう言ってた?w

 

たださ

私の大切な人が死んだりしたら

私はものすごく悲しいけど

悪いことか良いことか

なんて

人の一生懸命考えたことをどうこう言えるなんて

傲慢なのかもしれないですよ

 

どう捉えるか

 

そこに尽きる

 

私は自殺に関しては

下の記事みたいに考える。

 

www.koottasekai.com

散々どうでもいいなんて言っておいて

産んだ親の痛みを考えて!なんて言うよ

そりゃ言うよ

だって物凄い痛かったから。

 

でも生きてることに

死ぬことに

大した意味なんてないよ。

そう考えた方が

生きるのが楽になるから^^

 

自分が楽になる考え方をすれば

それでいいんですよ

人のために生きているんじゃないんだしね

 

では